ハイテクなのぼり

最近はすごいですね。

のぼりは風にはためきよく動くため遠くからでも目立ち、看板などよりも低価格で製作できるのが特注ですね。 街中で店舗や商品をアピールするにももっとも効果的な優れた広告ツールだと言えます。

今ではさまざまな既製品ののぼりも製作され販売されており、単純な商品のアピールだったり、大特価などの価格アピールだったりする場合には既製品で充分なので、わざわざオリジナル注文をしなくてもいいのです。

また、店舗のイメージにぴったり合ったのぼりが必要な店舗名を入れたい場合はもちろんオリジナル製作をするのですが、これも様々な生地とサイズ、製法から選べ、またデザインも今では写真でもそのままのぼりに製作してくれたり、両面違うデザインにもるようで、私たちが街中で何気なく見かけるのぼりでも、実は結構ハイテクな技術が使われていたりするんですよね。

のぼりの進化

自分でも?!

家にいながらにしてオリジナルののぼりが最近では簡単に作れるのだそうだ。

自宅のパソコンでデザインを作り、のぼり製作を請け負ってくれる会社のサイトにアクセスし、 そこで生地とサイズを選んでパソコンで作ったデザインをメール添付すればそれでOK。 これであとは料金を振り込んでおけば、オリジナルののぼりが自宅などに届けてくれる。

しかも最近はこれがとても安く、一枚からでも作ってくれるというから驚きだ。 すごい時代になったものだと関心してしまった。 街中でよく見かけるのぼりは既製品のものが多いようだが、 こうしたオリジナルのものも簡単にまた、精巧に作ってくれるということで、 これからはどんどんオリジナルののぼりが増えていくのではないかと思う。

パソコンの技術も日々進化しているが、 のぼりにデザインを印刷する印刷機の技術も日々進化しているのだろう。

人間が他の動物と違う点の一つとして文字を使用できるという利点がある。

のぼり旗はその利点をうまく生かしている気がする。文字が使用できるということは、その文字を見て何かしら反応するということだ。パブロフの犬で有名な条件反射は、のぼり旗にも応用されているのだ。たとえば私は大のたこ焼き好きなのだが、「味自慢!たこ焼き」なんて書いてあるのぼり旗を見つけるとまず、たこ焼きの実物を想像し、次に食べたくなってきてしまい、最後に唾液が分泌されるのだ。

これは完全にパブロフの犬と同じ反射だ。のぼり旗を広告として初めて使った人はきっと、こんな難しいことは考えていなかったであろうが、実に効率がよく効果的な宣伝手法と言える。そして、のぼり旗は昔ながらのオーソドックスなもののほうがその商品を想像しやすいため、既製品でも十分に効果が得られるということもあり、街中ではかなりの数ののぼり旗がはためいているのである。

方言ののぼり旗

工夫がすごい!

会社の近所に「ぶちうま」というのぼり旗を掲げた広島風のつけ麺屋がある。

僕はこれを最初に見たとき、 おおっ!広島弁!!と懐かしく思ってしまった。 というのも僕は広島出身ではないのだが昔、よく遊んでいた友人に広島出身の男がいて、 彼がよく「ぶち~」と言っていたからだ。 「ぶち」とは広島の方言で「すごく」「とても」などの言葉と同じらしい。 若者の言葉で言うと「超~」と同じだ。

それからその店の前を通り、そののぼり旗を見かけるたびに、彼のことも思い出し、 当時のことや今は彼は何をしているのだろう?と思い出してしまう。 そんな広島弁を知らない人は、そののぼり旗を見て、どう思うのだろう? 意味がわからくてもなんとなく、あれは何?と気になってしまうデザインではあるが、 大体の人は意味がわかるのだろう。

広島つけ麺ぶちうまはいつ前を通っても結構繁盛している。 のぼり旗効果も少しはあるんじゃないかと思う。

美意識によるのぼりと旗

のぼりも美を追求?!

のぼり旗というくらいなので、のぼりは旗の一種である。中国から伝わった旗が日本独自の改良によって縦長の今のようなのぼりの形になったのだそうだ。

縦長にする必要があったのは戦国時代の戦の中で、そちらのほうが判別がしやすいからということらしいのだが、単純に美意識の問題のような気もする。現代で言うところの、カッコイイから。という感じなのかもしれないと私は思っているがどうだろう。

確かに合戦で混戦になってしまったら、遠くからの見た目は、旗よりのぼりのほうがわかりやすいとは思うが、それだったら旗やのぼり以外にも鎧の色など、他にも区別するものは多いはずだ。それにのぼりや旗なんて正直、邪魔でしょうがない。

日本は昔から人々の間で美意識というのはかなり高かったように思えるし、あながち私の意見は間違ってはいないように思えるが。しかしのぼりがカッコイイと思っていた昔の人に私はとても共感を覚える。